壁魚雑記

漢籍や東洋史関係の論著を読んで気づいたこと、考えたことの覚書きです。ときどき珍スポ。

映画のなかのソグド人―『ヘブン・アンド・アース』

 久しぶりに『ヘブン・アンド・アース』を観ました。

 時代考証や設定の面では色々とツッコみどころの多い作品ですが、シルクロードを舞台としたエキゾチックな『七人の侍』といった趣があり、僕の好きな映画のひとつです。

 ときは西暦700年。遣唐使として唐にわたり、皇帝直属の刺客として罪人の処断をしてきた来栖旅人(中井貴一)は、軍令違反により西域の駐屯地から逃亡した李校尉(姜文)の殺害を命じられる。一方、李はかつての部下たちとともに、天竺より仏典を運ぶキャラバンの護衛をして長安へ向かうが、西突厥と結んだ西域の有力者安大人(王学新)がその荷を狙っていた。来栖と李はいったん剣を収め、ともにキャラバンを護衛することになるが、はたして彼らは無事に長安へたどり着けるのか…というストーリー。 

 

 遣唐留学生がなぜか皇帝の密命を帯びて罪人を討ちに西域へ行くという設定もむちゃくちゃですし、物語の舞台となる西暦700年は、そもそも唐ではなく則天武后の周の久視元年ですし(来栖が西域へ派遣されたのはその10年前ということなので、冒頭で彼に勅命を下した男の皇帝は、母に帝位を譲る直前の睿宗だったとむりやり解釈できそうです)、西域の制覇をめざしてキャラバンを狙う西突厥も、阿史那賀魯の反乱が鎮圧されてからは唐朝の羈縻下に服していたはずです。また、西域最前線のまち「拓厥関」も実在しません(拓跋と突厥から名前を付けて辺境感を出したのでしょうか)。

 無粋は承知で、その他諸々ツッコみどころがあるのですが、僕がこの作品を気に入っているのは、純粋にアクション映画としての面白さもさりながら、ソグド人をソグド人として意識して描いた稀有な映画であるからです。

 唐朝の西域における版図の最前線といわれる拓厥関で、宿と盛り場を経営する安大人。演じるのは漢人(ですよね?)俳優の王学新ですが、高い鼻、カラコンを入れてそうな目、浅黒い肌、幾重もの三つ編みを垂らした編髪…と、ビジュアルは西域風。

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 個人的にはソグド人は編髪より巻髪で、ヒゲももっと濃いイメージですが、「安」というソグド姓もふくめて、明らかに漢人ではなく西域風のソグド人として描かれています。

 安大人は馬賊をひきいてキャラバンを襲撃する敵役ですが、表の顔は邸店の経営者のようです。彼の店(店先に「安」字の行燈がかけられているので彼の店でしょう)には来栖が泊まったり、うすぎぬの衣装で踊る胡姫がいたりと、宿と酒場の機能を兼ねているようなので、ここを邸店と見なしてよいかと思いますが、このようなソグド人が経営する邸店が、中国内地ではソグドネットワークの中継点として機能していたともいわれます。

 

 また、安のひきいる馬賊については覆面白装束でアラブ風に見えますが、この映画のなかではその装いは突厥人のものとされています(李校尉が覆面白装束をしていて突厥と見まちがえられるシーンがあります)。

 ソグド人の擁する兵士といわれて想起するのは、いわゆる「チャカル(柘羯)」とよばれる傭兵集団です。これまで発掘されてきた壁画やソグド人墓のレリーフ等に、ソグド人と一緒に編髪の武人が描かれていることから、チャカルはトルコ系遊牧民だったのでは、とする説が一部にあります。個人的にはチャカルがすべてトルコ系であったとは思えませんが、本作ではチャカル=トルコ系説を採用したのでは、と考えたくなります。あるいは逆に編髪武人像から、ソグド人は帽子をとると突厥とおなじく編髪なのだろう、と解釈して安大人の髪型を編髪にしているのかもしれません。まあ、このチャカルに関しては僕の考えすぎでしょう。

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 突厥ついでに、本作で描かれる突厥についても言及すると、安にキャラバン襲撃の協力を求める西突厥の将軍はイエアルチアンというカザフ人の俳優が演じているのですが、多少コーカソイドよりのモンゴロイドといったその風貌は、むしろ彼の方が安大人より僕のイメージしているソグド人に近いです。ソグド人はコーカソイド突厥モンゴロイドといわれていますし。

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 ただし、現実的には突厥は多様な種族の寄り合い所帯であり、ソグド人も内包しているので当然混血も起こり、「胡人」のような顔のため「阿史那種」ではないと差別された阿史那思摩のような突厥人も存在していました。

 ちなみに上掲の画像では解りにくいですが、イエアルチアン扮する西突厥の将軍はしっかり編髪です。常に兜か帽子をかぶっているので前頭部を剃りあげているのかどうかは解りません。索頭の遊牧民といわれると、兜をフィットさせるために前頭部を剃りあげて、後は三つ編みというイメージを抱きがちですが、突厥を模したと思しき石人にも後頭部は編髪で、前頭部はオールバックのものもあるようなので、実際には前髪を残した突厥人もいたのではないでしょうか。

 

 キャラバン襲撃のために共闘する安大人と西突厥の関係は、ソグディアナ都市国家を庇護して経済的利益を得ようとする突厥、ひいてはその縮図たるソグド人隊商を護衛する突厥チャカルのような、ソグドと突厥共生関係を端的に描いているようで面白いです。厳密にいえば安大人は西突厥に対し、経済的利益ではなく武力を提供しているわけですが。

 DVD特典のメイキング映像によれば、西突厥軍には多くのカザフ人がエキストラとして参加したそうですが、自分たちの祖先として突厥を誇りに思っているようでした。砂漠の孤城の包囲戦で突厥兵がうたっていた歌も中国語ではないので、カザフ語だったのでしょう。『ヘブン・アンド・アース』の良いところは漢民族中心の視点にとらわれず、多様な民族をいきいきと描いた点にあると思います。

 その西突厥軍のビジュアルはちょっとアレなのですが…。

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 ローマの重装歩兵かな?