壁魚雑記

漢籍や東洋史関係の論著を読んで気づいたこと、考えたことの覚書きです。

老婆忍法帖

 岡山駅前の繁華街、嬌声あふれる夜の街に、ひときわ異彩を放つ一角があった。

 どぎついネオン輝くそこは、

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「サロン・ド・くの一 忍者屋敷」

 

 もっと忍べよ!

  はじめて見たときから異常に惹かれるものがあったこの店、グーグル先生に確認したところ、どうやらピンサロらしい。

 

 ―最初の30分は2千円で飲み放題。追加料金8千円を支払うと奥でピンサロ利用ができる。

 ―最初は老婆が飲みの相手をして、ピンサロ利用時はそれよりは比較的若い嬢に交代するため、客は相手が若い子と錯覚してしまう。これを名付けて「忍法若返りの術」という。

 ―キャストは全員服部姓である。

 

 等々、まことしやかな情報から明らかなガセネタまで飛び交っており、数年前の風俗レビューはあるものの、現在は噂が噂を呼ぶだけで、誰もその実態を知らない魔境のようである。珍スポのにおいがぷんぷんする。

 まあ店の外観からして地雷臭も芬々たるものだが、餓狼伝説』の不知火舞が性の芽生えのひとつである僕は、くノ一というシチュエーション自体は嫌いでない。というかむしろ好きだ。2千円のガチャでSSRを引く可能性だってあるじゃないかと、不安9割期待1割の僕は足を踏み出した。 2千円をドブに捨てるつもりで。

 入り口では腰の低いお父さんが呼び込みをしており、目があった僕をどうぞどうぞと2階まで案内してくれた。

「みんなくノ一なんですか?」と訊くと「いやあ、まあ、一応…」と歯切れの悪い回答。

 通された店内は薄暗く、複数のボックス席に分かれており、先客はいないようだ。

 内装は破れ傘や提灯が壁にかけられた和風テイストだが、仕切り用なのか所々でレースのカーテンがボックスにかけられている。天井にはミラーボールが鈍く輝き、流れるBGMは演歌というアンバランス感。北海道民にしか伝わらないかもしれないが、カラオケチェーンの歌屋の内装に近い。

 

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 30分飲み放題ということで、前金で2千円を支払い、ウーロンハイを注文。

 しばらく待つと「こんばんはぁ」とウーロンハイを手に嬢がやってきた。

 くノ一のお出ましである。

 歳のころは40代前半だろうか、茶髪セミロングでぽっちゃり体形。優秀なくノ一の条件のひとつなのだろう、可もなく不可もない平凡な顔立ちで、人ごみに紛れたら判別できないかもしれない。

  しかし、年増だとかぽっちゃりだとかは想定の範囲内なので意に介さないが、衣装がごくごく普通の薄手のドレスであることに、僕はひどく落胆した。

「あ、くノ一じゃないんですね…」

「やっぱりそういうの期待してました?こんな名前の店だけど、普通なんですよ。皆さんそうやって期待するみたいで…。昔はコスプレしてたみたいですけどね」

 ごめんなさいねぇ、ともはや顔も思い出せないくノ一は苦笑した。

「この店、けっこう長いんですか?」

「長いですよ。40年くらい続いてるみたいです」

 40年!老舗だ。

 平日とはいえ夜の9時、客は僕ひとり。こんな客入りで40年も続いているのか…。

 もう少し店のことが知りたくて、内装や昔の忍者コスプレの話を振ったり、店内の写真を撮らせてもらったりしていたが、話を盛り上げようとする気はないらしく、尻切れトンボ気味。やがて、しびれを切らしたようにくノ一が「お兄さん、ここ何のお店かわかります?」と訊いてきた。

「ピンサロですか?」

「そう、とりあえず30分2千円で飲み放題だけど、気に入った女の子がいたら数千円の追加で、奥でプレイできますよ」と、腕をしこしこ上下させながらシステムを説明するくノ一。

 うーん、どうしようかなあと口先だけで迷ったふりをする僕に、その気がないのを看破したのか、「ほかにも女の子いるから見てみますか?」と気を利かせてくれた。

 正直、嬢がくノ一コスプレをしていない時点でだいぶ興味が失せており、もう帰ってもよかったのだが、ヘタに里を抜けると追手がかかるかもしれない。それに噂どおりならば、次は若い子が出てくる忍法若返りの術のはず。ならば選択肢はひとつ、というわけでチェンジすることに。

 若くて可愛いくノ一ならば、その忍術に身を委ねるのも悪くない、と思いながら薄いウーロンハイをちびちび舐めていると、第2の刺客がやってきた。

 最初のくノ一とおなじく薄手のドレスを身にまとった彼女は、

 

 

 あきらかに還暦を過ぎていた。

 

 

「こんばんはぁ、お兄さん、あたしビール飲んでもいい?」

「うん、どうぞ…」

 

 いやいやいやいや、おかしくない?

 ここから忍法若返りの術じゃなかったの?

 薄い髪、小学生が勢い任せに彫刻刀で刻んだような口もとの深い皴、鋭角的な鼻梁、そこだけは40年前はなかなか可愛かったであろうと思わせる、切れ長の大きな目。

 バジリスクでいうとお幻である(ただし、髪は白髪染めと思われる)。

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 早速運ばれてきたビールグラスをウーロンハイのグラスにカチリと合わせ、お幻は僕の股間に手を伸ばす。さわさわさわさわとズボンの上から股間をまさぐりながら、「お兄さん初めてみたいだから、追加料金4千円でいいよ」と切り出す。なんて仕事の早さだ。

「うーん、ここ来る前にけっこう飲んじゃったから、役に立たないかもしれませんねえ」

 のらりくらりと返事をしながら、僕はどうやってこの場からドロンしようかと思い巡らせる。

「大丈夫、飲んでも勃つ人いっぱいいるよ」

「いやあ僕はどうもダメなんですよねえ」

「でも4千円だよ。4千円でサービス受けられるところなんてほかにないよ」

 身体を密着させ、股間をまさぐりながら「4千円」とお幻がささやくたびに歯磨き粉のミントが鼻をくすぐる。

「お兄さん、あたし呑み助だから延長してほしいなぁ。そしたらビールいっぱい飲めるし。ビール飲みたいなぁ」

 お刺身食べたいなァみたいに言うなよ、と思いながらも、このいかにもベテランの上忍のような貫禄あるお幻さんなら、昔のコスプレの話などもしてくれるのではと話を振ってみるが、反応は捗々しくない。

 

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 一人目のくノ一もそうだったが、彼女たちは おそらく何本抜くか(実際に抜けなくても指名が入るか)でギャラが決まるのだろう、とにかくムダに会話を盛り上げようとはせず、即座にプレイに移行しようとする、そのムダのないストイックな仕事ぶりはまさに忍者である。これ以上僕が店の過去や成り立ちについて訊こうとすれば舌を噛んで死ぬのではないかとさえ思える。

(お幻さん、あんた、あんた本物のくノ一や…!)

 目頭に熱いものを感じながら、僕は彼女に訊いた。

「じゃあ、この辺で呑み助なお姉さんのおすすめの店ありますか?」

「え?隣のビルの店なんかいいんじゃない?九州の魚食べられるよ」

「いいですね!じゃあちょっとそこ行ってみます!ごちそうさまでした!」

「え?」

 ウーロンハイを飲みほした僕はわき目も降らずに店を出た。

 結局一度も抜かなかった僕が抜け忍になるとは。忍の世界は皮肉なものだな、と独り言ちて、僕はホテルへの帰路をたどったのであった。