壁魚雑記

漢籍や東洋史関係の論著を読んで気づいたこと、考えたことの覚書きです。ときどき珍スポ。

珍小島の冒険

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 洞爺湖はあいにくの曇り空であった。
 中国人観光客の家族が哄笑を響かせながら記念写真を撮り、白人の熟年夫婦は手をつないで湖畔を散歩する。
 洞爺湖サミットで一躍世界的な知名度を得たからか、温泉街にも、湖畔の遊歩道にも、外国人観光客が多い。

 遊覧船で湖をめぐるにはすでに遅く、夜の花火にはまだ早い、中途半端な夕刻の湖畔。乗り手のいないスワンボートの視線を背に受け、僕はひとり温泉街の外れへと歩いていた。

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 目的は、湖でも温泉でもない。

 たどり着いたのは、温泉街の西の端にある有珠山噴火記念公園。

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 見かけるのはジョガーや犬を散歩させる地元の住民ばかりで、温泉街の喧騒とは打って変わって長閑な雰囲気だ。

 一見どこにでもある市民公園のように見えるが、この平和を破るように突如現れる雌ライオンらしき謎の彫像。しかも3頭。

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 そして獅子の群れの奥にはさらに物騒なモニュメントがたたずんでいた。

 

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 え、何これ、メガテン…?

 

 完全にやべーモンスターにエンカウントしてしまった気分である。

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 裏側は貧弱。

 

 しかし僕のほんとうの目的地は、この公園ではない。

 この公園の奥の院、さらに西へと進んだ先に、それはあった。

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 湖に浮かぶ、何の変哲もない離れ小島。

 

 そう、あれこそが今回の目的地、珍小島である。

 

 え、何て読むかわからない?

 仕方ないなあ…。

 

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 Chinko-jimaだよ!

 

 さあ、このブログを読んでいるそこのお姉さん、あなたもご一緒に!

 

 有珠山噴火記念公園の敷地内とばかり思っていたが、気づけば僕は珍小島公園に足を踏み入れていたのだ。

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 珍小島は陸繋島で、湖畔とは砂州でつながっているとのこと。つまり、島まで歩いて行けるのだ。会いに行けるアイドル?こっちは歩いて行けるChinkoだぜ!!

 

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 鳥瞰図だとわかりやすい。

 たしかに砂州で湖畔とつながっており、まるで半島のように岸から雄々しく屹立しているのだ。

 非常に興味深い地形である。これには地形マニアのタモさんも興味津々ではないだろうか。あっちもこっちもブラタモリである。

 

 また、珍小島公園の解説ボードはきちんと英訳併記なので、洞爺湖サミットに集った各国首脳にもChinko-jimaをアピールしていたのだろう。先日のG20大阪サミットでは、開催期間中は飛田新地を休業していたというが、こちらは休業などない。剥き出しのChinko-jimaを世界へ向けてさらけ出していたのだ。

 何を恥ずべきことがあろう!これぞ日本男児の心意気!奮い立て、珍小島

 

 ちなみに珍小島公園にも謎のモニュメントが設置されている。

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 一応確認したが、Chinkoはないようだ。

 

 珍小島へ向かって公園内を歩いていると、謎のキノコがちらほら。

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 珍小島公園ではキャンプが禁止されているらしい。

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 珍小島なのにテント張れないの!?

 そんなのってないよ…。

 

 珍小島近景。

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 砂州は完全に緑化している。 

 珍小島周辺には使用済みティッシュのように朽ちた船の残骸が散らばっていた。

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 ついに砂州をつたって珍小島へ上陸だ…! 

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 といっても人が通れる道などあるはずもなく、草木が鬱蒼と生い茂るばかりである。もちろん建物などもない。そもそも人がまともに活動できるスペースがない。無人島である。当然のことだ。 

 

 結局、珍小島にはナニもなかった。

 僕の小さなちいさな冒険は、こうしてあっけなく幕を下ろした。

 落胆しなかったといえば、嘘になる。

 しかしこのとき、岸辺で途方に暮れる僕の脳裏を、大学時代の先輩の顔がよぎっていた。

 沖縄出身の先輩は、笑顔でこう教えてくれたものだ。

「沖縄には漫湖(Man-ko)っていう湖があるんだぜ。ニュースでアナウンサーが『今日、漫湖で小学生の写生大会が行われました』とか読み上げるんだぜ」

「ちなみにアレのことはホーミーっていうんだ。宝の味って書くんだぜ」

 そういってニヤリと笑った先輩。沖縄の風習や言語について、いつも示唆に富む指摘をしてくれた先輩。卒論が書けなくて留年した先輩。いま何をしているのだろうか。

 

 漫湖沖縄県那覇市にある干潟だという。

 北の果てに浮かぶ珍小島と、南の果てに広がる漫湖洞爺湖ではなく漫湖のなかに珍小島があれば完璧なのに、ふたりの距離は、こんなにも遠い。

 まるで互いに惹かれ合いながらも引き裂かれる恋人たち。現代のロミオとジュリエットである。

 

 島の大地に腰を屈めて砂を一握り、すくいあげた。

 僕のなかで、ひとつの決意が芽生えていた。

 いつか僕は漫湖へ行く。

 その潤いのなかへ、お前を放ってやる。そしてふたりはひとつになるんだ。 

 珍小島の砂を握りしめ、風のない穏やかな湖面を前に、僕はそう誓った。

 

 あらたな冒険のはじまりだった。