壁魚雑記

漢籍や東洋史関係の論著を読んで気づいたこと、考えたことの覚書きです。ときどき珍スポ。

鳳凰がくる

 今年の大河ドラマ麒麟がくる』がスタートした。タイトルはもちろん孔子の「獲麟」の故事に基づいているのだろう。太平の世に出現する瑞獣麒麟。しかし戦乱絶え間ない時代に、孔子は本来あらわれるはずのない麒麟の亡骸を見つけてしまい、慨嘆する。世を正すことなく没した孔子と、天下を獲ることなく散った光秀を重ねるという、なかなか意味深長なタイトルである。

 孔子のもとには思いもよらず麒麟(の亡骸)がきてしまったのだが、史書にはおなじ瑞獣である鳳凰がきた人物の逸話がある。

 

『清異録』巻上 禽名門 黑鳳凰

 

 禮部郎康凝畏妻甚有聲。妻嘗病、求烏鴉為藥、而積雪未消、難以網捕。妻大怒、欲加捶楚。凝畏懼、涉泥出郊、用粒食引致之、僅獲一枚。同省劉尚賢戯之曰「聖人以鳳凰來儀為瑞、君獲此免禍、可謂黑鳳凰矣。」

 

 礼部郎(中?)の康凝は恐妻家として有名だった。妻が病をわずらったとき、カラスを薬にしたいと求められたが、外は雪がとけのこっており、網で捕らえるのは難しかった。妻は大いに怒り、彼を鞭打とうとした。凝は恐懼し、ぬかるみのなか郊外へまろび出て、穀物の粒でカラスをおびきよせ、ようやく一羽をとらえることができた。同僚の劉尚賢がからかっていった。「聖人は鳳凰が来ると瑞祥としたが、君はカラスをつかまえて災難を免れた。君のとってのカラスはさしずめ『黒鳳凰』といったところだな」

 

 ごめん、鳳凰じゃなくてカラスだったわ。

 しかし「黒鳳凰」ってネーミング、厨二っぽくてカッコいいな。

 康凝と劉尚賢については、管見の限りこの記事以外には名が見えず、彼らの経歴や、いずれの王朝の礼部郎中だったのかも不明である。『清異録』に収録されているからには唐から五代のいずれかの王朝であろう。

 康凝の家庭は完全なる「かかあ天下」で、彼の妻は北方遊牧民的一夫一妻制の名残をのこし、社会における礼教的規範がゆるんだ唐代に多く見られた、「妬婦」「悍妻」などといわれる鬼嫁である。*1

 時代を象徴するかのような夫婦像も然りながら、この逸話で僕が気になったのは、康凝夫妻がカラスを薬喰いしようとしている点である。寡聞にして僕はカラスを使った漢方薬や中華料理というものを知らない。ググれば「カラスの黒焼きは癲癇に効くとされていた」という話は拾えるのだが、たしかなソースは見つからない。むしろカラス肉と聞くと、北関東や信州、東北の一部で食べられていたというカラスつくね「ろうそく焼き」を想起してしまう。

 康凝夫妻がいかなる調理法でカラスを薬喰いしたのかは不明だが、カラス肉は高タンパクで低脂肪、低コレステロール、そしてタウリンと鉄分が豊富という大変ヘルシーでエネルギッシュな肉らしい(むね肉に含まれる鉄分は牛レバーの2倍以上!)*2。貧血気味の女性にはうれしい滋味だったのかもしれない。

 僕も犬やら虫やらを食べた記事を書くくらいなので、いかもの食いが好きなのだが、いつかカラス肉も食べてみたいし、そのときはブログに記事を書きたいと思う。 

ano-hacienda.hatenablog.com

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 さて、康凝夫妻について、もう一点気になったのは、康凝はその姓が示すようにサマルカンドにルーツを持つソグド人(あるいはその後裔)であるということだ。一般的に中国へ移住してきたソグド人はコロニーを形成し、同族間で通婚してアイデンティティーを維持するが、代を重ねるごとに漢人とも通婚し、「漢化」していく傾向を指摘されている。彼の礼部郎(礼部郎中のことか)が実職であれば、祭祀・教学等を管掌していたはずであり、中国へ移住してからある程度代を重ねて「漢化」したソグド人の後裔と考えられるが、彼の妻がおなじソグド系であった可能性も捨てきれない。僕は寡聞にして漢人がカラスを食べるという話を聞かないが、あるいはソグド人のあいだでは「病気になったらカラスを食え!」という習慣があったのかもしれない(妄想です)。

 しかし、どうでもいいけど康凝の嫁さん、旦那が「いや、カラス獲るにはコンディション悪いから…。雪残って地面ぐちゃぐちゃだから…」とか言い訳してたら鞭打とうとしてるし、実はめちゃくちゃ元気なんじゃないですかね。

 

 

*1:「妬婦」については、大澤正昭『唐宋時代の家族・婚姻・女性 婦は強く』「二章 嫉妬する妻たち—―夫婦関係の変容」(明石書店、2005)に詳しい。

*2:塚原直樹『本当に美味しいカラス料理の本』「コラム1 カラス肉の栄養成分」(SPP出版、2017)