読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

壁魚雑記

漢籍や東洋史関係の論著を読んで気づいたこと、考えたことの覚書きです。

カミナリ兄さん

久々に『北夢瑣言』を読んでいたら厨二心をくすぐる法籙の話が出てきたので、以下に記す。

『北夢瑣言逸文』巻第四「雷公籙」

巴蜀間、於高山頂或潔地、建天公壇、祈水旱。葢開元中上帝所降儀法、以示人也。其壇或羊牛所犯、及預齋者飲酒食肉、多為震死。新繁人王蕘、因往別業、村民烹豚待之。有一自天公齋廻、乃即席食肉。王謂曰「爾不懼雷霆耶。」曰「我與雷為兄弟,何懼之有。」王異之、乃詰其所謂。曰「我受雷公籙。與雷同職。」因取其籙驗之、果如其說。仍有數卷、或畫壯夫以拳扠地為井、號「拳扠井」。或畫一士負薪枿、號「一谷柴」。或以七手撮山簸之、號「七山簸」。江陵東村李道士舍亦有此籙。或云「三洞法籙外、有一百二法、為天師子嗣師所禁、唯許救物。苟邪用、必上帝考責陰誅也」

唐代、巴蜀では高山の頂や清浄の地に天公壇を建て、雨乞いや日照り乞いをする習慣があったが、牛羊がこの壇に上ったり、ここで斎戒する者が飲酒肉食をすると雷に打たれて死ぬといわれていた。

新繁県(当時の益州北部にあった県)の王蕘(おうじょう)という者が別荘に赴いたおり、そこの村民は豚を煮て歓待してくれたが、天公壇から斎戒帰りの者がやってきて、席につくや肉を食べはじめた。王が「お前さんは雷が恐ろしくないのかい?」と尋ねると、「俺は雷とは兄弟だ。何を恐れることがあろう」と答える。訝しんだ王がさらに尋ねると、「俺は雷公籙を授かっている。雷さまとは同僚ってことさ」と、法籙を取り出す。王が確認すると、はたして男のいうとおりで、その他にも数巻の法籙があった。

壮士が拳で地を穿ち井戸を掘り抜くさまを描いたものは「拳扠井」、薪や切り株を背負った姿を描いたものは「一谷柴」、七本の手で山をつかんで箕にかけるように揺さぶるものは「七山簸」と号したという…。

 

うーん、マンガかよ、とツッコみたくなる異能の数々。「一谷柴」だけしょぼく見えるが、谷一つ分くらい大量の薪を背負えるということなんでしょうね…。

これらは人助けのためにだけ使うことが許された術らしく、悪用すると上帝に誅殺されるといわれていたそうで、たしかに雨を降らせたり、井戸を掘ったり、薪を運んだりと生活に役立つものばかりだ(「七山簸」は木の実を採るための術かもしれないが、単に僕の読み方が誤っているだけかもしれない)。いかにも当時の人々の「こんな術があればいいのに」という需要から生まれていそうな術たちで、生活感があって面白い。

僕は道教の知識がないので法籙がどのような形態だったのか知らないが、こういった説話が生まれるということは、当時は絵入りのものもあったのだろう。

しかし三洞の法籙のほかに102の亜流(?)の法があったという話には厨二心をくすぐられる。遍歴の道士が各地で法術を修めた者を破って102の法を習得していく、という『百人の半蔵』みたいなマンガがあってもいいと思うの(「謫仙」李白が102の法を修めると天に帰れるとか)。