壁魚雑記

漢籍や東洋史関係の論著を読んで気づいたこと、考えたことの覚書きです。

小さいねって言われませんか

先日ツイッターでもつぶやいたが、最近、標記のタイトルで「ペ●ス増大注射」を勧める迷惑メールが頻繁に届く。

僕は決して「ペ●ス増大注射」のバナーなど踏んだことはないし、なんとかビデオやなんとかハムスターといったいかがわしい動画サイトを巡回するようなことも月2~3回以上はないはずだ。そもそもペ●スの大きさで悩んでなどいないのだが、とにかくそういったメールが届いてしまっている。大変遺憾である。

しかし、あくまでも僕は関係ないのだが、世の男性諸氏がペ●スの大きさや強度を気にする風潮が一般にあるため、このような迷惑メールがはびこってしまうのだろう。

これは現代の日本男児に特有の自信のなさの表れかというとそうでもなく、お隣の中国でも千年以上前から、男たちはペ●スの鍛錬を気にかけていたようだ。

 

『北夢瑣言逸文』巻第3「大輪呪術」

 

 釋教五部持念中、有大輪呪術、以之救病、亦不甚效。然其攝人精魂、率皆狂走、或登屋梁、或齧瓷碗。閭閻敬奉、殆似神聖。此輩由是廣獲金帛。陵州貴平縣牛鞞村民有周達者、販鬻此術、一旦沸油煎其陰、以充供養、觀者如堵、或驚或笑。初自忘痛、尋以致殂也。中間僧昭浦說、朗州有僧號周大悲者。行此呪術、一旦鍊陰而斃。與愚所見、何姓氏恰同、而其事無殊也。蓋小人用道欺天、殘形自罰、以其事同、因而錄之。

 

『北夢瑣言』に記されているということだから、この話は唐の後半期から五代にかけてのことだろうが、具体的な時代はよく判らない。

仏教の五部持念に「大輪呪術」というまじないがあり、これは病気を癒すといわれているが、実際には効かないこと甚だしい。それでも人の精魂を操ることはできるようで、術をかけられた者はみなやたらめったら走り回り、ある者は屋根に上り、またある者はお椀を齧りだすというから、庶民はみな神様のようにこの術を敬ったという。それゆえ術者は大輪呪術を利用して金もうけをしていたそうだ。

さて、この術者のうちに陵州貴平県は牛鞞村の周達という者がいた。唐代の陵州貴平県は現在の四川省仁寿県の東北に位置している。この田舎の山奥で、周達は大輪呪術を鬻いで暮らしていたのだが、ある日、おのれのペ●スを煮えたぎった油で煮て、仏の供養をしたいと言い出した。どこの仏が喜ぶのかは知らぬが、まわりの野次馬は興味津々、たちまち人垣ができ、みな驚いたり笑ったり。おのれのペ●スを煮えたぎる油に突っ込んだ周達は、はじめこそ痛みを忘れていたが、すぐに死んでしまった。

中間僧の昭浦がいうには、朗州(現在の湖南省常徳市周辺)にも周大悲という僧があって、大輪呪術を事としていたが、ある日ペ●スを鍛えたところ、やはり同様に死んでしまったということだ。

周大悲の「鍊陰」方法がどのようなものであったかは判らないが、おそらくは周達と同様に大輪呪術を施しながらペ●スをハードにいじめていたのだろう。

  

さて、肝心の大輪呪術については、仏教の知識も素養もない僕には皆目見当もつかない。

ただ、「五部持念」については、岩崎日出男氏が「明らかに金剛頂経系の教法を指す」と指摘しており(具体的な考究はしていない)*1、周達と周大悲は密教を修めていたのだろう。これも会昌の廃仏による迫害をのがれ、野に潜んで呪術的性格を強めた唐末の密教の一形態とは考えられないだろうか(想像をたくましくすれば、周達は弾圧を逃れるために還俗した密教僧とも考えられる)。

また、遼代に成書した『顕密円通成仏心要集』では、一蔵経には仏部5部、蓮華部5部、金剛部5部、宝部5部、羯磨部5部のあわせて25部の神呪があるとされているが、「五部持念」とは仏~羯磨の5部あるいは金剛部の5部を指し、そのなかにある(のではないかと僕がかってに想像している)大輪金剛陀羅尼を大輪呪術に比定できないだろうか。

要するに、周達たちが大輪金剛陀羅尼をペ●スを「金剛」のようにカッチカチにする神呪と勘違いして唱えていたりはしないかと、仏教に無知な僕は空想するのである。

まあ、僕は大輪金剛陀羅尼のご利益を知らないのだが、罪障の消滅とかそのへんなんでしょ?

 

ともあれ大輪呪術の正体は不明だが、もし周達たちがペニスを金剛のように鍛え上げることを期待してこの行法をおこなっていたのならば、千数百年前から男たちの悩みは変わらないのだなと、親近感を覚える男性も多いのではないだろうか。

もちろん僕には関係のない話なのだが。

*1:岩崎日出男「法門寺の埋納物に記された僧の出自その経歴について」『高野山大学密教文化研究所紀要』16