壁魚雑記

漢籍や東洋史関係の論著を読んで気づいたこと、考えたことの覚書きです。ときどき珍スポ。

李密の愛妾

『北夢瑣言』逸文「韓定辭詩中僻典」に、唐の鎮州節度使の書記韓定辞と幽州節度使の幕客馬彧との詩の応酬のエピソードが記されているが、韓定辞の詩中に「盛德は銀筆の述を將ってするに好く、麗詞は雪兒の歌を與ってするに堪う」という句がある。

 馬彧が典拠を問うたところ、「銀筆」は梁の元帝が徳行のある人物を記録する際、銀で装飾した筆を用いた故事を指し、「雪兒」については李密の愛妾にまつわる故事をあげている。

 雪兒者、李密之愛姫、能歌舞、毎見賓僚文章有奇麗入意者、即付雪兒叶音律以歌之。

 隋末唐初の梟雄李密には、歌舞に堪能な雪児という愛妾がおり、幕僚から上がってきた文書に達意の章句があれば、彼女に節をつけて歌わせていたという。風雅というか、いかにも才子らしいナルシスティックなエピソードである。

 韓定辞が生きた唐末には「銀筆」も「雪兒」もマイナーすぎて誰も解らない故事となっていたようだが、馬彧とはマイナー志向が一致して大いに盛り上がったというから、類は友を呼ぶというべきか。

 マイナーな音楽を聴いているほどえらい、という自意識過剰な典型的サブカルクソ野郎だった僕には耳が痛い話だが、自意識過剰は韓馬両人だけでなく、李密もきっと部下のヒップなリリックに曲つけて彼女に歌わせて、プロデューサー気取りだったんだろうね。