壁魚雑記

漢籍や東洋史関係の論著を読んで気づいたこと、考えたことの覚書きです。ときどき珍スポ。

「古代中国 墳墓の護り手」展雑感

 週末、神田にある東京天理ビル内の天理ギャラリーで開催されていたこちらの展示に行ってきた。

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 東京にも天理教のビルがあるというのは初めて知ったが、天理市の宗教建築とは違い、いたって普通のビルで肩透かしをくらう。

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   しかしエレベーターの内部は鏡張りで星座が描かれ、ちょっとおしゃれだった。

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 天理教と聞くと「え、新興宗教?」と身構えてしまうが、以前、天理参考館で開催された「天理サファリランド」という、シルクロード上に遺された動物意匠の文物の展示がすばらしかった(さらにいえば常設展も見応えがあって良かった)のと、天理市自体が独特の建築や、宗教が街にとけこんで「生きた宗教都市」といった風情があって散策するだけでも面白かったので、教義は知らずとも個人的には好感を抱いていたのだが、今回の展示もまた小規模ながら見応えのある内容だった。あくまでもビルのワンフロアにあるギャラリーなので展示数自体は少なめだが、一つひとつの展示品と丁寧な解説がとても良かった。

 

 展示は先史時代から唐代までの中国の墓葬における副葬品から当時の死生観をうかがう内容になっており、墓中に留まった死者の霊の安寧を乱し遺体を侵す魍魎を払う鎮墓辟邪のために用いられた器物で構成されている。

 たとえば「玉」は、その霊力によって邪気が体内へ侵入するのを防ぐと考えられ、遺体の防腐効果も期待されていた。「ダイヤモンドは永遠の輝き」ではないが、玉や金銀など鉱物の永続性への憧憬は、後に遺体を包む金縷玉衣や、不老長生のための丹薬に見られるように、肉体の保護から果ては不死幻想にまでつながっていく。

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 代表的な玉器である璧(普通の玉の璧の写真を撮り忘れたので滑石製の璧と孔が大きめの瑗の写真を貼っておきます)。遺体の頭部や脚部におかれたという。

 

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 ランドルト環のように璧の一部が欠けた玉器の玦。写真は西周時代のものだが、鴻門の会で范増が項羽劉邦を殺す決意を促すために示した器物としておなじみである。ADが「巻きでお願いします」とカンペを出すように、范増はこれを項羽に向かってチラチラ見せていたわけだ。

 

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 まるで福笑いのような西周時代の玉覆面。写真を拡大するとわかるが、各パーツの端に小孔が穿たれており、遺体の顔に布を被せ、その上にこれらの玉片を綴じあわせたものらしい。髭のパーツもあるので、成人男子にとっては髭がデフォルトだったことがわかる。

 

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 漢代の含蟬。遺体の口腔に納める蟬型の含玉という玉器である。口からの邪気の侵入を防ぐための器物だが、蝉は羽化登仙の象徴であり、漢代に勃興していた神仙思想の影響がうかがえる。

 

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 漢代の玻璃製の塞玉。ガラスは玉の代用品として用いられたらしく、この塞玉も遺体の耳や鼻などを塞いで防腐するための器物とのこと。

 

 玉のほかに代表的な副葬品としては戈や剣などの利器があげられる。

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 鋭利な武器が邪を払うという感覚は我々にも理解しやすい。

 

 そのほかにも西王母や神仙を描いた塼で墓室や棺の壁面を飾り、空間ごと辟邪をおこなうケースもあったようだ。

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 写真は漢代の空心塼だが、上段に描かれた怪人は、『山海経』に記される原始的な西王母像とのこと。後世の女性らしい柔和なイメージからは遠く、たしかにこれなら悪霊邪鬼を威圧できそうだ。

 

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 こちらも漢代の空心塼だが、描かれるのは一対の怪獣と、それを追う仙鹿に乗った羽人。

 

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 空心塼のなかには柱状のものもあり、邪鬼を威圧するようなけわしい獣面のものや、柱礎部に紐で結んでぶら下げられた璧の意匠を施したものもある。

 あーわかる、僕も大学生のときにこういうネックレスをぶら下げてる風プリントのクソださフェイクTシャツ着てましたね(一緒にすんな)。

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 このほかにも香による防虫効果を期待された香炉や、

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四神や十二支によって各方位を守護する鏡、

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擬人化された十二支の俑などもあった。

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 また、古代中国の人びとは動物の異能にも神秘性を見出していたらしく、暗闇を飛びまわるフクロウや朝を告げるニワトリなどの鳥を象った器物も見受けられた。

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 神仙思想の勃興期、仙人は「羽人」と呼ばれる翼を持った姿で描かれていたように、空を飛ぶ鳥に天上とのつながりを想い、神聖視するという感覚は我々にも共感できよう。

 しかし、僕は今回の展示ではじめて知ったのだが、鯀や禹が化身した説話があるように、熊が強い霊力を有した動物とみなされ、漢代以降、副葬品として熊形の器物が流行った時期があったらしい。

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 後漢の熊形脚燈。灯台鬼かよ!

 というかあの説話も遣唐使か誰かが中国でこういう灯台を見たところから生まれてそう。

 

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 青銅の火のし(アイロン)を熊形の脚台にセット。やだ、何これかわいい…。

 

 さて、時代が下ると鎮墓辟邪には兵馬俑のように武人を象った鎮墓俑を用いることが増えていく。

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 北魏の武人俑だが、彫りが深くて胡人風のビジュアル。

 

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 こちらも北魏の武人俑。素環刀と盾、明光鎧で重武装しており、いかにも墓を守ってくれそうで頼もしい。

 

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 君はちょっとカマっぽいな。これはこれで悪霊邪鬼が逃げ出しそう。

 

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 頭部だけ残った唐代の武人俑だが、鬼気迫る表情が何とも威圧的。

 

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 唐代半ばからは仏教の盛行もあり、鎮墓俑は西域由来の天王俑が主流となっていく。足もとに邪鬼を踏みつける造形が多く、やはり鎮墓辟邪の用途をあらわしている。

 

 これら鎮墓俑とセットで副葬されることが多いのが、想像上の獣を象った鎮墓獣である。

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 獅子をモチーフにしたと思しき怪獣「辟邪」。その名のとおりの働きを期待された神獣である。

 

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 犀牛形鎮墓獣。角の持つ霊力で悪霊邪鬼を払うと考えられていた。

 

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 いや、お前は角ねじねじしすぎだろ!中尾彬か!!

 

 そんな彬に見送られ、たっぷり1時間以上も楽しんで展示会を後にした。

 今回僕が写真を載せたのは展示品の一部であり、これ以上に多彩な副葬品を閲覧できる貴重な企画だった。何より写真撮り放題(フラッシュ厳禁)、そして無料というのがありがたい。新興宗教のビルと聞くと近寄りがたいイメージがあるが、東洋史に興味がある方はぜひ臆せずに見に行ってほしい。11月30日(土)までだけど。